革靴の歴史 革靴は進化し続けている

革靴の歴史は長く、誕生は紀元前と言われています。
ただし、もちろん最初から今の形や機能を持っていたというわけではありません。
今身近にある革靴の形に近づくのは、15世紀頃だったと言われています。
強く美しい魅力を持つ革靴の歴史を探ってみましょう。

革靴の誕生

革靴は紀元前に誕生し、足を守るための装具として使われていたとされます。
ただし、当時は動物の皮で足を包むような作りで、現在の革靴とはまったく違うものだったと考えられています。
今身近にある革靴の形に近づくのは15世紀頃です。
中世に使われていたブーツのくるぶしから上を切り落とし、より履きやすく、より使いやすい形にしたものが起源と言われています。
街道が整備されて平坦になり、より歩きやすく適した形にするため、革靴の製法が確立されたと考えられます。
この時代を起点に、革靴の進化スピードが上がったと言えるでしょう。
17世紀になると、イギリスのノーサンプトンに靴職人が集結し、現代の続く革靴の歴史が一気に開花しました。
ノーサンプトンは国際的に知られる革靴の聖地です。
数多くの有名ブランドの本拠地でもあり、現在も高級靴メーカーが集結しています。

・なぜノーサンプトンなのか?

ノーサンプトンで革靴作りが盛んになった理由ははっきりしていません。
定説では牛の放牧が行われており牛革が産出しやすかった、なめし剤になるタンニンが取れるオークがたくさん自生していた、ネイネイ川の清流があったということが挙げられています。
なめし革に植物タンニンを使う技術は、実際に19世紀にイギリスで開発されました。
オークは木型にも使われ、イングランド北部をつなぐ幹線道路の中間地点でもあったノーザンプトンは、あらゆる点で革靴作りに適していたことは間違いないでしょう。
職人が集まれば靴作りの知識も集まります。
腕の良い多くの靴職人がここから生まれ、産業革命を経て現在の地位を築いたと言われています。

日本での革靴の歴史

日本は、草鞋や下駄など植物素材でできた履物を使用する文化でしたが、江戸時代末期から明治時代の初期に西洋の靴文化が入ってきて、革靴の歴史が始まったとされます。
1870年(明治3年)3月15日は靴の記念日ですが、これは築地に初めて近代的な靴工場が設立し、国内産の靴製造が本格スタートした日です。
この工場は、千葉県佐倉の藩士である西村勝三が創設したとされますが、基本は鹿鳴館での装いや軍服に用いられる靴しか作っていませんでした。
革靴は当時、上流階級の人しか履けないものであり、庶民はまだまだ草履が一般的でした。
美しく磨き上げられた革靴は、きっと庶民にとって憧れの対象だったことでしょう。
ただ西村勝三はそこで止まらず、続いて製革業を起こし、洋装新時代を夢見て銀座に初の洋服裁縫店も開いています。
それでも、洋装が庶民の生活に普通に入り込むまではかなりの歳月が必要ではありましたが、終戦後の1950年代から1970年代に民間向けの国産革靴も供給され、徐々に浸透したとされています。

革靴は進化し続ける

靴は足を守る必須装具であり、その形は人間の歴史とともにずっと進化し続けてきました。
強くて長持ちするという点から長年革靴が選ばれてきましたが、その後はスニーカーやサンダルなどカジュアルな靴も続々登場し、その機能も格段に進化しました。
安く大量生産できる靴が増える一方で、オーソドックスな革靴がなぜ廃れずにいるのか、それは多くの職人のこだわりと努力があるからにほかなりません。
素材へのこだわり、フォルムへのこだわり、色合いへのこだわりなど、職人一人ひとりが理想の革靴と真摯に向き合い、その技を磨いてきたからこそ、今も革靴は進化し続けています。

まとめ

革靴の歴史は非常に長く、常に革靴は時代とともに、人とともにあり、進化し続けてきました。
さまざまな素材のカジュアルな靴が大量生産されても、革靴はその魅力を失うどころか、さらに輝きを増しています。
そこには靴職人のプライドがあり、絶え間ない努力があります。
アイディアやイメージを実際の形として再現する技術があるからこそ、革靴の歴史もこれからもずっと輝き続けるでしょう。

以上、革靴の歴史についてでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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